大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和59年(オ)964号

上告人

相互タクシー株式会社

右代表者代表取締役

西中山岳

右訴訟代理人弁護士

八木良夫

藤井邦夫

髙﨑英雄

被上告人

尾沢昭男

右訴訟代理人弁護士

関本立美

寺島勝洋

加藤啓二

右当事者間の東京高等裁判所昭和五八年(ネ)一〇八七号地位確認等請求事件について、同裁判所が昭和五九年六月二〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人八木良夫、同藤井邦夫、同髙﨑英雄の上告理由第一について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきょう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて被上告人に対する上告人の本件解雇が使用者の有する懲戒権あるいは解雇権の濫用にわたり無効であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 谷口正孝 裁判官 髙島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎)

上告代理人の上告理由

第一 原判決が、その理由中で行った事実認定は適法に提出された証拠資料を看過し、また各証言、各供述を誤認し、その結果、歪曲した事実を前提として誤った判断を行ったもので、この点判決に影響を及ぼすことの明らかな経験則違背ないし理由不備の違法がある。

一 本件事故の性質、態様

(一) 原判決は本件事故の前後における被上告人の行動について要約次のとおり認定している。

1 被上告人は、昭和五四年四月一三日午後九時ころ甲府駅到着の新宿駅発列車内でポケット瓶入りウイスキーを飲み、翌一四日午前二時三五分ころ自己所有車を運転したところ、道路左側に非常駐車灯を点滅させて停車中の貨物自動車をその直前で認め、ハンドルを切ったが、間に合わず、右貨物自動車に追突し、更に道路右側の金網囲障に衝突し、右囲障を破損して停車した。

2 事故直後の被上告人の状態は、負傷している割にはしっかりした足取りで、酒の臭いをさせているので検知したところ、呼気1リットル中のアルコール濃度は2・0ミリグラムであった。直立させたところふらつくことなく直立することはできたが、歩行検査は地面に座り込んだのでできなかった。住所、氏名、勤務先等を質問したところ、普通に応答がなされた。土橋警察官は右鑑識の結果を総合して酒気帯び運転と認定した。

(二) 以上の原審の認定事実によれば呼気中のアルコール濃度の点を除けば酒気帯び運転と判断してもおかしくなく、原審は呼気中のアルコール濃度を重視してアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態であった疑いが濃厚であったと認定したのであろう。

(三) 右の原審の認定事実は、実は飲酒運転の程度を判断する上で重要な細部に亘る資料を大部分省略して、その結論に添うやや抽象した事実を積み重ねたものである。

1 まず被上告人の主張する飲酒量は正確にはポケット瓶入りウイスキー八分目で、これを新宿駅構内、車中で飲んだとのことである(乙第五号証の供述調書、被上告人の一審における供述)。量でいえば約140CC、水割りにして二杯に過ぎず、飲酒後自己所有車運転まで約五時間が経過しているから、その間にアルコールは完全に体内から消失したと考えるべきで(乙第一一号証)、酒臭や前記呼気中のアルコール濃度がありえよう筈は絶対にない。とすると、被上告人が事故時に示した酒酔いの状況は、被上告人が甲府駅到着後何処かで飲酒したことによるものとしか考えられない。

そこで、被上告人の甲府駅到着後の行動を追ってみると、被上告人は食事をした後自己所有車中で睡眠をとっていたと弁解するが、その供述は証人深沢正宏の甲府駅到着直後会社で被上告人に出合った旨の証言と矛盾し、更にその他不自然な個所を糊塗するため、従前はなかった事実を次々と付加し、結局その弁解は措信できないものである。原審も被上告人の甲府駅到着後自己車運転までの四時間半の行動は不明と認定している。被上告人が右の四時間半の行動を秘匿し、虚偽の行動を作出したことは間違いなく、その理由は正にその間飲酒ししかも多量の酒を飲んだことを隠すため以外には考えられない。このことから事故時に示した酒酔いの状況と、被上告人が右不明の時間帯に多量の飲酒を行ったことは符合し、間違いのない事実と断定できる。

従って、本件事故を車中における飲酒に起因するとした原審の認定は経験則に違背し誤っている。

2 ついで、本件事故の態様であるが、乙第五号証、証人土橋正教の証言によれば、事故現場は明るい見通しのよい直線路上にあり、被上告人は右道路の左端に避譲し、非常停車灯を点滅させて駐車中の貨物自動車にノーブレーキで追突したことが認められ、被上告人は職業運転手でその運転技術は極めて熟練していることから、かかる事故は正常な運転ができない状態でない限り起こりえないことである(判タ二八四号二三頁で渡辺一弘判事はこの種の事故は酒酔い運転の典型的な事例と指摘されている)。

3 次に事故後の被上告人の身体的状態について、その歩行はヨタヨタという感じのもので(土橋証言)、酒の臭いは顔面約三〇センチメートル離れた位置で強い臭いがし、目は充血していた(乙第五号証)。アルコール濃度を検知後、直立はできたが、歩行検査をしようとしたらグスグスというふうにその場に座り込んでしまい、また鑑識カード記載の質問事項の順に質問したところ、答えられたのは名前、住所、職業、車の所有車名という簡単な問いについてのみで、他は答えがなかったことが認められる(土橋証言)。

右の事実と呼気中のアルコール濃度を併せ考えると、被上告人が正常な運転ができないおそれのある状態にあったことを疑う者はまずいないであろう。上告人はむしろ前項記載の事実と併せて、正常な運転ができない状態にあったと断定しても過言ではないと考える。被上告人は、本件事故により前頭部挫創、頭部、左手、背部打撲症で全治二週間の診断を受けているので、歩行状況等が負傷によるものとの疑いが持たれるが、直立できた者が歩行検査をしようとしたら座り込むとか、質問の一部にしか答えられないことは負傷者に通有の出来事ではないと考える。土橋証人はまた、飲酒運転で事故を起こした者は、そのことで一時的にシャキッとすることがあるとも述べている。

また、土橋警察官が酒気帯び運転と認定したのは、警察内部の方針により直立できたかまたは正常に歩行できた場合は検知官の数値にかかわりなく酒気帯びにする指導が行なわれ、それに従ったものである。この点も原審の認定は誤っている。

(四) 以上の上告人の指摘した原審が看過し、また誤認した事実を総合すると被上告人は甲府駅到着後いずれかで多量の酒を飲み、正常な運転ができない状態において自己所有車を運転し、本件物損事故を惹起したといわざるをえず、原判決はこの点において破棄を免れないと信ずる。

二 その他の事情

原判決が(三)その他の事情において認定した事実も誤りが多く、その誤った事実を重要なる判断基準である諸般の事情として取り上げている。

(一) 原判決はその(3)において被上告人が本件事故自体について反省している旨認定しているが、それが改悛の情を示しているとの意味であるならば誤りといわざるをえない。被上告人は前記一で述べた通り甲府における飲酒の事実を秘匿して、自己所有車で睡眠をとっていた等の虚偽の事実を述べて酒気帯び運転を主張して争っていることは改悛の情を示すものではなく、むしろ使用者が重い懲戒処分を選択する上で考慮されてしかるべき事情と考える。

(二) 原判決はその(4)において、被上告人には前科がないと認定しているが、上告人代表者の供述(五六・七・一三―一八丁裏)によれば、被上告人は昭和五三年四、五月頃交通事故を起こし業務上過失致傷で処罰されており、これに反する証拠はないのであるから、誤った認定であることは明らかである。また前歴のあること甲第六号証の通りである。

(三) 原判決はその(2)において組合員が懲戒解雇に反対であること及びその(5)において甲府労働基準監督署長の解雇予告除外認定申請にかかる不認定を掲げ、いずれも被上告人に有利な事情として斟酌している。

被上告人の属する労働組合の委員長である田中祥介は、被上告人は労働組合に対して酒気帯び運転中の事故で、事故の五時間前にポケットウイスキー八分目を飲んで睡眠をとった後の出来事であると説明したと証言しており(五六・一〇・一二―二五丁裏)、また被上告人は当初より一貫して右説明に終始しているのであるから、甲府労働基準監督署に対しても同様の説明を行ったことは容易に推認できるので、組合員の対応は右の事実を前提としてのものであり、また甲府労働基準監督署長の不認定の処分は右事実に関するものとして当然の措置といわざるをえず、いずれも被上告人に有利な事情として考慮される事情ではないと思料する。

(四) 原判決は証人石原義一が被上告人は営業成績が悪く、また毎日遅刻し、早退も多いという勤務状況についての証言(五五・八・七―七丁以下)を看過している。

三 他の処分事例など

原判決が(四)他の処分事例において認定した事実も誤認、不正確、看過した点が多々あり、その事実を重要なる判断基準である諸般の事情として取り上げている。

(一) 上告人における処分事例

(1) 上告人における処分事例についてであるが、証人石原義一は昭和四六年ころタクシーメーターの不倒行為をし、他従業員との喧嘩の仲裁に入った副社長をつき飛ばした運転手を二週間の出勤停止処分、副班長から平従業員への降格処分にし、昭和四七年七月右運転手が他運転手と喧嘩したので三日間の出勤停止処分にしたと証言しており(五五・二・二七―二六丁以下)、原判決摘示の事実は右証言ともまた証人田中祥介の「昭和四七年に奥村さんが奥さんをのっけてメーター不倒ということで副班長一年間降格、三日間の謹慎になった」旨の証言(五六・一〇・一三―一三丁)とも異なる。石原証言が正しいこと勿論のことである。

(2) 次に乗客に暴言をはいた事例につき原審は乗客の足に負傷させたと認定しているが、かかる事実は全くない。証人田中祥介ですら以前に負傷したことのある部分をドアではさんだ旨証言している(五六・一〇・一二―一〇丁以下)。乗客には何等の損害も生じていなかった事例である。

(3) 上告人においては、右以外に昭和四八年四月乗客から料金一〇〇〇円を不当に上乗せして騙取した運転手に対し一旦は懲戒解雇に付す旨決定したが、組合の陳情もあり、依願退職を認めた事例があるが(石原証言)、原審は右事例を看過している。

(4) 原審は右(1)、(2)の事例をもってこれまで比較的寛大に懲戒権を行使して来たと認定し、これを被上告人に有利な事情として斟酌しているが、それは右に述べた通り不正確な事実を前提とするもので妥当性を欠き、上告人の右に指摘した(1)ないし(3)の事実によれば、(1)は奥さんを乗せたケースであり、(2)は乗客に傷害等の損害を及ぼしてない点で情状酌量すべき事例で上告人の処分は相当と解され、(3)の取扱いも妥当なもので、過去における上告人の処分等は被上告人に有利と評価できる程寛大なものではないと考える。

(二) 原判決(四)の(2)の他社の例は甲第一二号証により酒気帯び運転による事故である点で本件と異なり、また刑事罰の点も不明である。悪質な行為とはいわざるをえないが、昭和五三年の道路交通法改正により飲酒運転が厳しく規制される以前のことであり、原判決が指摘する如く本件よりも情が重いとは一概には言えないし、この例一件を以て他を推し量る程被上告人に有利な事情ではないと考える。

(三) 原判決(四)の(3)の山梨県庁職員の事例については、前述の通り昭和五三年一二月一日改正の道路交通法により酒酔い運転はそれだけで免許取消しの処分を科され、その前の免許停止の処分とは格段の相違があり、このことが当然懲戒処分にも反映するので、対比すべきものとしては右改正後の酒酔い運転の事例に限ることが正しいと考える。

この観点にたって事例を検討すると、酒酔い運転によるものは二件で(昭和五二年五月の事例は酒酔いか酒気帯びか不明)、改正後の事例は原判決の指摘する昭和五七年七月の免職処分を受けたものだけである。

原判決が指摘する通り本件とは自動車運転を職務内容とするか否かという点で重大な差異があり、上告人はこれと対比して判断することは不相当と考えるが、仮に対比が可能としても右に述べた通り寛大な処分が行なわれているとはいえず、また原判決が被上告人に有利な事情として援用したことは、比較の枠組に正しい絞りをかけない点で妥当性を欠くと思料する。

(四) 原判決(四)の(4)の山梨県内の公立学校教職員の事例については、これを取り上げるならば教員の道路交通法改正後の酒酔い運転に限ることが正しいと考える。酒酔い運転は二件あるが、教員であることが明白な事例は昭和五一年六月の一例に過ぎず、これは改正前のものとして参考にならないと考える。

県庁職員の事例も含め、比較の対象として絞りのかけ方は何通りかあろうが、原判決の飲酒運転をすべて取り上げ、学校職員まで含める方法は粗雑で不公正なものとの誹りを免れないと思料する。

第二 原判決の法律の解釈適用を誤っており、判決に影響を及ぼすことは明白である。

一 上告人が前述した被上告人の行為は、正常な運転ができない程度の酩酊状態で車を運転し、本件物損事故を惹起し、酒酔い運転として刑事罰を受けたもので、その行為は悪質であり、しかも飲酒等の事実を秘して他の事実を作出して飲酒の程度を争う等その情状は重く、また被害弁償、飲酒運転の前科、前歴が無いこと以外に被上告人に特に有利な事情は存在しない。右の被上告人の行為は上告会社の企業秩序に影響を及ぼしその社会的評価を低下毀損するおそれがあると客観的に認められるものであるから、上告会社の行なった懲戒解雇処分は相当でありその裁量権の逸脱は無いと思料する。また被上告人が正常な運転ができないおそれのある状態であったとしても右と同様と解する。

二 次に飲酒運転にかかる最高裁判所の判例を掲げ対比すると以下の通りである。

1 最高裁昭和五三・一一・三〇判決――笹谷タクシー事件――(労経速一〇一四号)は、酒酔い運転により物損事故を惹起した事案で、運転をした後輩運転手と行動を共にした先輩運転手で、指導し、酒酔い運転をきびしく注意すべき地位にありながら、後輩運転手の酒酔い運転を容認し慫慂した者について、刑事処分も受けず、新聞等に報道されなかったにも拘わらず、使用者が懲戒解雇処分を科したこと相当と認めた。本件は右判決の事案と対比すると、同等もしくはそれ以上の重大な行為と解される。

2 最高裁昭和五七・一二・二判決(労判カード三九七)は、札幌市衛生局清掃部職員が職場外で酒酔い運転を行ない、これに対し札幌市が懲戒免職処分に付した事例であるが、他人に被害を及ぼす結果を生じておらず、一貫して改悛の情を示し、前歴はあるが前科はないこと及び単純な労務に従事しており、公務員であっても通常の一般市民に比して特に高度の倫理性を要求、期待される者でないことの各点が考慮され、右懲戒免職処分は裁量権を濫用した違法な処分としてこれを取り消した。

本件を右事例と対比すると物損事故をおこし、改悛の情を示さず、前科があることで情状を異にし、またタクシー企業が顧客を安全に運搬する使命を有し、顧客の生命、身体、財産を危険から護る責務を有することから、右業務に従事するタクシー運転手は、こと自動車運転に関する限り高度の倫理性、自己規制を要求される点で右の市職員とは本質的に相違するので、同列に論ずることはできない。

以上

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